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北海道出身の有名人

北島三郎

本名:大野穣(おおの みのる)
生年月日:1936年10月4日
出身地:上磯郡知内村(現・知内町)
血液型:O型
職業:演歌歌手

芸名の『北島三郎』は、当時の恩師であった船村徹により、北の島(北海道)から来たので姓を北島とし、また三郎はみんなが親しみやすいようにと命名された。
幼いころ、「エスペランサー」を作詞作曲して歌ったことで有名。北海道上磯郡 知内村(現在の知内町)出身。北海道函館西高等学校に進学した。高校時代の北島は、海で溺れた小学生を救助したという逸話がある(この人命救助の件は当時の函館新聞にも掲載され、その記事が函館市の北島三郎記念館に飾られている)。
高校在学中に函館で開催された「NHKのど自慢」に出場し、歌手を志すことになる。
18歳で高校を中退、東京の親族を頼って上京し、当初は東京声専音楽学校(後の昭和音楽芸術学院、現在は閉校)に入学。しかし歌謡曲志向であったため、渋谷を拠点に流しの仕事をしながらデビューを目指す。流しの収入は3曲100円であったと云われている。

中島みゆき

本名:中島美雪(なかじま みゆき)
生年月日:1952年2月23日
出身地:札幌市
血液型:不明
職業:シンガーソングライター、ラジオパーソナリティ

祖父は帯広市議会議長なども務めた中島武市、父・眞一郎は産婦人科医。札幌市に生まれ、5歳のときに岩内に引っ越し、11歳までを岩内で過ごす。帯広に移り、帯広小学校を卒業。帯広第三中学校に入学。1966年の夏には体調不良の母親が実家で一時療養するのに合わせて山形市に移り市立第六中学校に通うが、高校受験のため4ヶ月で帯広に戻る。その後、帯広柏葉高校を経て、藤女子大学文学部国文学科を卒業。
帯広柏葉高校3年生の時、文化祭で初めてステージを踏む。この時歌ったオリジナル曲は、「鶫の唄」である。大学時代は、放送研究会に所属し、ローカルラジオ局でスタッフのバイトなどをする。北大フォークソングのメンバーと交流を持ち、活発に音楽活動を展開し、「コンテスト荒らし」の異名をとった。
後年、コンテストに出場したのは(交通費や弁当代が支給されるので)、バイト代わりであったと述べている。大学卒業後は帯広に帰り、家業を手伝う傍ら、アマチュア活動を続ける。喫茶ジャズオーディオのマスター、渡辺晃が主催した「自由集団」の企画で多くのステージを踏み、デビュー前に地元では既に多くのファンを獲得しており、オリジナル曲は既に100曲以上存在していた。

松山千春

本名:松山千春(まつやま ちはる)
生年月日:1955年12月16日
出身地:足寄町
血液型:O型
職業:シンガーソングライター

フォークソングとの出会いは小学校5年生。幼なじみの紹介で知った岡林信康が、足寄で弾き語りのコンサートを開き、聴きに行った松山に強烈なメッセージを残したことに始まる。
松山は足寄高校では卒業時に首席となるなど成績は優秀で、担任からは大学進学を勧められていたが、このような苦しい家計を踏まえ「早く働いて父を助けたい」との考えから大学進学を断念している。
高校卒業後は、北見市に出て、叔父が経営する小料理屋の手伝いとクラブのバーテン兼照明係を行いながら、叔父から下宿提供等の援助を受け普通自動車免許を取得。さらに合間をみて作詞・作曲を行う。その後一時足寄に戻り、父親の仕事を手伝いながら「フォーク音楽祭」に応募。生涯の“師”と仰ぐ竹田健二と出会うことになる。
地元愛が強く、「北海道を愛するフォーク・シンガーである」というポリシーを持つ。

YUKI

本名:磯谷 有希(いそや ゆき)
生年月日:1972年2月17日
出身地:函館市
血液型:A型
職業:歌手

GLAYのJIROとは高校時代からの知り合い。また、TAKUROら他のGLAYのメンバーとも高校時代から交流があり、「自分の高校でGLAYが人気」と教えたところ、喜んだTAKURO達はYUKIの通っている高校の周辺にポスターを貼り回ったが、貼った次の日は夏休み初日だったというエピソードがある。函館ではバスガイド、上京直後はエステティシャンをしていた。コラムやファッション誌、テレビ出演等に度々パンダグッズを登場させている。レベッカの大ファンで、函館時代にはレベッカのコピーをしていた。
1992年、映画「いつかギラギラする日」の撮影のために函館市を訪れていた恩田快人と出会ったことがきっかけでJUDY AND MARYを結成。JUDY AND MARYは2001年3月8日に解散したが、音楽活動の他に、エッセイ集などの著作活動や、UA主演の映画『水の女』への出演などの活動も行っている。

武田真治

本名:武田真治(たけだ しんじ)
生年月日:1972年12月18日
出身地:札幌市
血液型:AB型
職業:俳優、タレント

札幌市生まれだが、両親は旭川市出身。現在の実家も同市にあり、武田本人も旭川がルーツという意識が強いという。
サックスプレイヤーとして芸能界入りを夢見た真治の将来を心配した母親が、「多分落ちるだろう」「落ちたら目を覚ますであろう」と勧めたジュノン・スーパーボーイ・コンテストで、グランプリ受賞。チェッカーズのCDを全部持っている程チェッカーズの大ファンであり、サックスを吹き始めたきっかけは、メンバーの藤井尚之に憧れた為である。独学で演奏を身に付け、後にCDデビューすることとなる。サックスの演奏レベルは高く、多くのプロのセッションやアルバムから参加依頼を受けている。

安住紳一郎

本名:安住紳一郎(あずみ しんいちろう)
生年月日:1973年8月3日
出身地:帯広市
血液型:AB型
職業:TBSアナウンサー

北海道帯広市生まれで美幌町、芽室町育ち。北海道帯広柏葉高等学校、明治大学文学部文学科卒業。
当初は国語教師を志望し、教育実習も済ませた上で就職する高校も決まっていた。しかし、たまたま見かけたアナウンサー募集のポスターがきっかけで、また教師とアナウンサーには「一対多数のコミュニケーション」という共通項があり、教師になるための勉強につながると考え、アナウンサー試験を受けることにした。1997年、TBS(当時の株式会社東京放送)に入社。2004年10月1日より組織改編でTBSテレビへ出向。TBSの「看板アナウンサー」である。
オリコンが実施した「好きな男性アナウンサーランキング」で5回連続1位になり、2009年に殿堂入りを果たした。

大泉洋

本名:大泉洋(おおいずみ よう)
生年月日:1973年4月3日
出身地:江別市
血液型:B型
職業:俳優、タレント

北海道江別市生まれ。札幌市立真駒内中学校、北海道札幌藻岩高等学校を卒業後、1994年に北海学園大学 経済学部経済学科に入学し、演劇研究会へ所属。森崎博之らと仲良くなり、親友同士5人でTEAM NACSを結成。演劇研究会及び森崎の薦めで入団した劇団イナダ組の舞台が評判となり、大学在学中に当時鈴井貴之が主宰する劇団の劇団員に認められ、現在の事務所に所属することになった。
大学在学中の1995年7月、鈴井の斡旋下で北海道テレビの深夜番組『モザイクな夜V3』に出演し、芸能活動を開始。翌1996年10月には同局の深夜番組『水曜どうでしょう』に出演開始し、北海道内でのタレント活動が活発化した。『水曜どうでしょう』は深夜枠での放送にも関わらず、最高視聴率18.6%を記録するなど北海道の枠を超えて全国的人気を得る。
北海道に愛着があり、全国的な人気を得た現在も北海道を拠点としている。大泉自身の理想としては、冬だけ(1〜3月期クール)東京に出稼ぎに出て雪を回避し、他の季節は北海道在住を挙げている。

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